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4 分子結晶

固体物質の物性を理解するのに統計的手法を使用します.物質は膨大な数の原子から構成されているので、統計的手法を使うわけですが,なにを統計の対象とし,どのような統計的手法を使うかが重要です.つまり,物性論の基本的立場は統計の対象である基本構成要素を明確にし,かつそれらが外部からの作用に対してどのような状態になるか統計的熱力学的手法を用いて明らかにすることであると解釈しています。

基本構成要素として電子を取り上げます。ここでは、伝導電子を含めて固体物質内電子はすべて必ず構成原子の原子軌道に属すると考えます(理由はあとで述べます)。外部からのエネルギー供給および外部へのエネルギー放出に対して、各固体物質中の電子はそれぞれ物質内で特有な挙動をします。ということは、上で述べたことから、このような電子の挙動は、原子軌道から原子軌道への移動転移とみることを意味し、物性は物質構成原子軌道の特性と密接な関係をもつということになります。可動性電子を構成原子から作られる離散的なエネルギー準位から考えると、多くの物性が原子との関連から見易くなります。

物性を構成原子から見る場合、量子力学、量子化学が役に立ちます。ここに量子力学の応用価値があると考えてもよろしいでしょう。電子の準位遷移および原子軌道間の移動転移にはかならずエネルギーの授受を伴います。これら準位を考察するのに量子力学の助けなしではできません。しかし、膨大な原子から構成される物質では、各過程を個別に見ることは不可能でしょう。遷移の絡む問題を統計的熱力学的に処理しようというわけです。

ここで述べる統計的処理はこれまで参考書に記載されている方法とかなり異なります。例をあげましょう。伝導電子の特性として代表的なものにフェルミエネルギー準位があります。外部からエネルギーが入らない(基底状態という)物質の中で伝導電子はこれ以上高い準位には存在しません。この準位は物性を解釈する上で極めて重要な値とされています。なぜフェルミ分布をするのか?なぜ化学ポテンシャルが存在するのか?きっと物理的な意味があるはずです。これまで、この準位の説明は自由電子論をベースに行われてきております。伝導電子のエネルギー統計分布はこれを基準に定義されています。
前のセクションで、電子スピンは前のセクションでは電子自体の固有なものではないと述べました。すると、これまで言われているフェルミ準位(化学ポテンシャル)のもつ意味は全く違ってきます。原子軌道をベースにしますので、伝導電子の取り扱いが異なってくるからです。概略のところでのべましたが、原子価電子は電子受容空間に入ります。とすると、金属の場合、各伝導電子は原子価電子の存在する軌道と電子受容空間に相当する軌道の二つの軌道が関与します。これ以外の軌道上の電子は物質内では無視されます。フェルミ準位はこれら二つの軌道間の相互作用で決定されます。すなわち、フェルミエネルギーは電子受容軌道のエネルギー準位から決定されます。自由電子から定義されるフェルミ準位とは明確に異なります。
この考えは、次のような特徴を持ちます。

以上のような特徴は、伝導電子の特性を説明するのに非常に都合がよく、これまでの自由電子論とことなり、物理的に極めて明快に原子との関連で伝導電子の特性を論じることができるようになります。

伝導電子についてどのように統計処理をすればよいか、上記説明だけでは余りにも不親切です。さらに詳しくのべますが、次回以降とします(できれば電子比熱、格子比熱およびドブロイ波長など物理的に明解にしたいと思います。現在、プログラムのお勉強にちょっとはまりこんでいますので.....)。
 
 

ここでは、これまでの伝導電子に対する扱いを以下に述べる理由で採用しません。
 

これまで、伝導電子は次のような考えで処理されています。伝導電子は原子から強い束縛を受けない非局所軌道にある。この種の軌道は結晶内でできるが、軌道同士が縮退凝縮しており、電子の移動が物質内で簡単にできる。ここに可動性が求められる。エネルギー的には次のように言える。伝導電子はエネルギーの低い準位にある軌道から順番に電子対として詰まっていく。そうすると想定される全非局所軌道数の半分のところまで伝導電子は詰まる。このエネルギー準位をフェルミエネルギー準位(絶対零度における準位を以下化学ポテンシャルとよぶ)という。化学ポテンシャルより上には、基底状態では、伝導電子は存在しない。伝導電子分布は電子スピンが絡むので、フェルミ統計分布で捕らえることができる。
しかし、上記に述べたような事柄を実際の物性解析に適用しますと、次のような問題が生じます。伝導電子が原子に束縛を受けず動けるものとしますと、そこには物性との関連を知る糸口すらみつかりません。しかし、伝導電子特性は物質により異なります。超伝導材料を除く金属は電気抵抗をもちます。これら抵抗の値は金属の種類によって異なります。伝導電子は物質構成原子によって大きな影響を受けると解釈したほうが物性解釈に有利です。

原子の立場から、自由電子論をベースにした考えを採用することが難しいことも採用できない理由です。化学ポテンシャルは固体物性にとって極めて大きな意味をもつ物理量です。伝導電子が非局所軌道にありますので、非局所軌道全体数(フェルミ準位を決定する数の倍)は伝導電子数によりきまるはずです。しかし、原子との関連から非局所軌道を取り扱おうとすると問題になるのが、非局所軌道全体の数です。原子価電子すべて伝導電子になるとは限りません。非局所軌道全体数はどうやって決めたらよいのでしょう?現実は、大雑把に原子価電子総数から決めています。原子の数が物質の場合膨大になるので、実際のところ半分は正確にはきめられないという理屈はわからないではありません。でも伝導電子の数と原子の数はオーダーが違います(多くて10パーセントオーダーでしょう)。半分という値がある以上キチンと決めるべきで、全体がきまらなければ半分もヘチマもあったものではありません。一番困るのは原子の立場から手も足も出せないところで物質内伝導電子の非局所軌道数が決められていることです。
再度いいますが、化学ポテンシャルは固体物性にとって極めて大きな意味をもつ物理量です(この値は数学的操作だけで決めるべきではありませんと思っておりますし、固体物性を学ぼうとする人たちのためにも物理的にキチンとした説明が求められています)。化学ポテンシャルの評価基準抜きで物性を論じることなどできません。全体数が決められない以上他の方法で化学ポテンシャルを決めなければなりません。基底状態にある物質では化学ポテンシャルの準位より高い軌道に伝導電子は存在しません(離散性)。ところが伝導電子のエネルギー構造はバンドです(連続性)。連続性離散性を説明しようとして縮退凝縮などの理屈が考えられました。しかし、これでは最終的に非局所軌道の全体数の問題を解決したことになりません。原子との関連から化学ポテンシャルを決める手立てにはなりません。原子の立場からのお願いは、量子力学で使われる基本的な作用変数を用いて、キチンと物理的に納得できる説明をすべきであるということです。原子軌道とどこでインターフェースをとればよいか明瞭となるからです。
伝導電子は電子対をつくるといわれています。この理屈だけは、私は冗談でしょうといいたい。いい加減にしてほしいといいたい。可動性電子はフェルミ準位にあるものだけではありません。それよりエネルギー準位の低い所にいる電子もまた可動性をもちます。普通、電子対をつくるということは電子がかなり安定化されることを意味します。たとえルーズカップル(物理的に私の嫌いな言葉の一つですが)でもです。フェルミ準位以下にある安定化された伝導電子一個に可動性をどうやってもたせるのですか?そのためのエネルギーはどこからもってくるのですか?自由電子モデルではそれは物質内のエネルギー収支やりくりで案配を取っているといっております。熱力学の基本法則(永久機関)から考えて、このような収支が本当にできるとしたら教えてください。
フェルミ分布は伝導電子のエネルギーおよびフェルミエネルギーおよび温度の関数として定義されています。ある準位が温度に対して幅をもつことは理解できます。しかし、なぜフェルミエネルギー準位だけが決定的に効いてくるのでしょう。縮退凝縮でバンドが出来ているというならば、そのバンド全体(個々の準位)が幅をもってよろしいはずです。伝導電子分布が教科書で言われているフェルミ分布と異なってよろしいはずです。これに対しての明解な答えがこれまでだされていないのは何故でしょう?この問題は、並みより劣る小生みたいな人間でも発見できることです。全く不思議としかいいようがありません。
ようするに原子の立場から伝導電子を論じようとすると、自由電子論はまことに始末の悪いもので、定量化の方法を求める手立てがないのです。

 
物質内電子は原子価電子、化学結合電子、伝導電子といろいろあります。物性に影響を与える電子は可動性電子と見てよさそうです。この可動性電子を物性現象を現出する演技者であるとみるわけです。ところがどこでどう間違えたのか、現在の物性論では可動性電子を自由電子の観点から理解できると解釈したわけです。この考えは可動性電子を考える場合に分かり易いしあっという間に世の中に広まりました。

しかし、電子が主体的に動けるとしたら、身近に主体的に動ける例があげられます。人間です。でも、人間は自分の意志だけで行動するととんでもない事態に出くわします。周りの環境に合わせて(自分なりに理解して)行動するということは大切なことです。映画では、監督さんほか多数のスタッフの方々がいて演技者が生きてきます。組織でも、他人をたててカッコイイ演技をさせてやる必要があるでしょう。演技者も自分がエライからだとは万が一にも思わないでしょう(煽てられると木に登る人は大勢いますが)。自分の意志で動いているのか動かされているのか分からなくことありませんか?

物性論以外の世界は周りの世界と関連を持たせて物事を処理するということが当たり前に行われています。その処理の手際の良さはただ感心するばかりです。こんなに世の中は進歩しているのに(立派な手本があるのに)、現在の安直物性論は、旧態依然の自由電子をベースとしたスタイルを頑なに守っています。

こんな馬鹿げた自然観はやがて改められるはずです。多分真っ先に産業界がそれを証明するはずです。産業は目に見えた形で進歩しております。旧態依然のスタイルで新規機能デバイス開発ができればいうことはない。しかし、機能予測は旧態固体物性論からかなり難しいので、開発速度は実験速度に依存します。予測能力が劣った分だけ開発速度は遅れるはずです。デバイス開発戦争の場合遅れをとってはなんにもならないのです。

ここで述べている提案はあくまで私独りで考えだしたものです。ここは、独断専行がまかり通る世界(この悲しい言葉をつかいたくない。本当は役立ちたい)です。世の中独断専行がまかり通るほど甘くはありません。しかしです。時には世の中が間違っている場合もまれにはありま

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