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1.4.1分子軌道(1)

共有結合を通して、二つの原子の各々独立した原子軌道のエネルギー準位は、原子軌道の相互重なりによって統一的に解釈できます。すなわち、相互重なる軌道は同じエネルギー準位にあるといえるからです。この統一された準位のもとで定義される軌道を分子軌道といいます。

分子軌道は、電磁相互作用によって影響された原子軌道より構成されます。互いに異なる軌道の2個の電子の電磁作用を扱う関係から、分子軌道の対象は原子価電子が入る占有原子軌道に限定されています。原子同士の内殻軌道は、外殻原子軌道電子の影響を受け、重なりません。しかし、位相の揃った占有軌道同士の電磁相互作用があります。したがって、内殻原子軌道も分子軌道で取り扱えます。

原子軌道同士の電磁相互作用の観点から、分子軌道には2種類のタイプがあります。1つは電子のスピンの向きが互いに反対方向であるもの、もう一つは互いに同じ向きであるものです。原子軌道では同じ種類の軌道に互いに平行なスピンをもつ2個の電子をいれることはできません。分子軌道では、二つの原子軌道を対象とします。したがって、互いに引き合う電磁相互相互作用(スピン反平行)および互いに反発する電磁相互相互作用(スピン平行)を考えます。前者を結合性分子軌道、後者を反結合性分子軌道といいます。

分子軌道は新たな閉回路を作ります。分子軌道同士の電磁相互作用の種類によって、分子軌道は、σ,π,δ,εなどに分類できます。

同じ種類の2原子分子モデル(2p軌道までに限定)では、下図のような模型的な分子軌道エネルギー準位図ができます。左右に各原子の原子軌道、中央に分子軌道を示しています)。図中の〇は電子を意味します。ここで注意すべきことは、中央の分子軌道準位は電磁作用(世の中ではスピン相互作用と言っている)の影響をうけた左右の原子軌道のエネルギー準位を示しているということで、まったく新規に作られたわけではないということです。


一番内殻の1s軌道の原子同士の重なりは、外側原子軌道電子の影響を受け、不可能です。しかし、位相の揃った軌道同士の電磁作用があります(弱いですが)。1s軌道でも結合型分子軌道、反結合型分子軌道ができます。したがって、1s軌道にある2個の電子のエネルギー準位は2種類の1s分子軌道準位に分離できます。原子核に捉えられる点では1s電子は2s電子より安定でしょう。軌道の安定性から、エネルギー準位図では、1s分子軌道は下位置に示されます。原子軌道同士の電磁相互作用の観点から分子軌道を作ると、同じ種類の2個の原子からなる分子では、エネルギー準位図の下の分子軌道から順に、全電子数の丁度半分の数の分子軌道準位のところまで電子が詰まります。pxpyは電子が二つの異なるp軌道に入っていることを意味しています。いずれも結合型分子軌道は反結合型分子軌道より安定です。

赤線で示す準位に相当する軌道を最高被占有分子軌道(HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital):電子によって占有される最高エネルギー準位の軌道)、青線で示す準位の軌道を最低未占有分子軌道(LUMO)(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)とよびます。分子から外部(真空中)に取り出すためのエネルギーをイオン化ポテンシャルといいます。HOMOエネルギー準位は分子のイオン化ポテンシャルに相当します。電磁作用によって、分子のどこかに電子分布歪みをもたらします。その電子分布歪みは最も外側の電子によって占有された分子軌道により影響されます。HOMO軌道電子のうちもっとも高いHOMO電子密度をもつ原子をHOMOフロンティア、LUMO軌道のうちもっとも高い電子受け取り能力をもつ原子をLUMOフロンティアといいます。上の例では2個の原子はHOMO、LUMOフロンティア原子といえます。
余談:分子の分子軌道の詳細を計算で求めると、その分子の共有結合の結合状態および構成原子の電子状態が概略分かります。さらに、構成原子の電子状態(特にHOMO、LUMO電子の状態)から化学活性状態が分かります。その有効性はすでに多くの分子の化学的性質で確かめられております。現在、共有結合分子をパソコンなどを利用してその結合状態および電子状態を求めるプログラムも多数出回っております。また、これら状態を求める方法の詳細については、量子化学に関する参考書に詳しく述べられていますので、そちらを参考にしてください。
たとえば:時田澄男:実例パソコン:目で見る量子化学(1987年)講談社サイエンティフィック
ところが、結晶などの物質の特性をこれら量子化学的方法を用いて調べようとすると、途端に難しくなります。この困難さは、物質の電子特性がこのような電磁的評価だけで分かると錯覚したことにあります。材料創製を理論的に予測する場合、定量的観測結果と予測値が合うほうがよいに決まっています。量子化学では、予測電子エネルギースペクトルが観測値と合うのが理想です。しかし、現実はそんなに甘くはなく一致しません。実は量子化学の苦労はここからはじまったといってよい位で暗黒の時代に突入していったのです。その苦労の一端を以下のべます。
    1)

    分子の安定な状態(基底状態ともいう)では、分子の電子はHOMOまでの分子軌道に、LUMOのエネルギー準位以上の高い分子軌道には電子が入らない。分子を構成している中性原子のもつ電子数から、分子のHOMOが、エネルギー準位図のどの辺に来るか機械的に決まります(下から数えて全電子数の1/2)。また、全電子数から想定される電荷は、全核電荷とバランスをとっているはずです。したがって、このバランスからは真空準位がHOMOとLUMOの準位の中間に位置するといえます。

    占有原子軌道間の電磁気的相互作用のみから考えられる上記エネルギー準位図は一見合理的に思えます。しかし、実際の分子は、上記図で示される電子配置をとっていないはずです。分子に光を照射します。電子は、励起され、より高いレベルの分子軌道に移動します。高いレベルの分子軌道はLUMOに相当します。LUMOのレベルが真空準位より高いことは、光で励起された電子はLUMOに入るより物質外にでたほうが安定であることを意味します。これは多くの分子で見られる観測事実と異なります。共有結合によって構成される分子の電子配置は、最高被占有分子軌道までキチッと詰まるものではなく、遊びの部分(最低未占有分子軌道(LUMO)まで電子が入れる)をもった配置であろうといえます。

    原子配置の項で有効核電荷がハロゲン族で増えていることを確かめました。電子対の相互作用が原子核の静電負担を軽減すると見なせます。ということは、共有結合電子対生成は原子で見られる電子対以上に原子核の静電負担を軽減すると考えても不思議ではありません。このことは、LUMOより高いエネルギー準位に真空準位がくることを意味します。別な言葉でいえば、分子は、全原子核の正電荷量から期待される電子数より余分に電子を吸収できます。原子核は核内部で閉じております。原子核内部の状態を乱すような電子の取り込みをして原子核にどれだけメリットがあるのでしょう?静電負担軽減が期待できるからこそ、原子が外部から対となる電子を原子に取り込めると考えるのが自然と思えます。この動機などなくして、原子が電子を取り込めるはずがないというのが小生の考えです。

    現在簡便に利用できる量子化学計算プログラムはいくつかあります。ところが、共有結合分子を計算してみると、多くの共有結合分子のLUMOのエネルギー準位は真空準位より上にくることが分かります。残念なことに、現在の量子化学では、原子核の静電負担軽減は取り扱われていません。原子核の正電荷量は不変であると見ています。これでは精度のあげようがありません。現在の量子化学は、原子軌道の形を表す基底関数の改良とか局所密度法などを用いて、せめて分子の基底状態エネルギー準位の精度をあげようとの努力がされてきました。しかし、これら方法は、原子核の静電負担軽減を考慮していません。したがって、原子核と電子との間の距離を操作し、電荷バランスを保つようにしなければなりません。その分かりやすい物理的根拠をどのようにとるかが常に問題とされます。

    2)

    遷移金属が作る錯体では、p軌道を考慮する必要があります。現在、錯体の構造はspd混成軌道を用いて説明されています。ここで注意すべきことは、これら錯体などを論じる場合には、中性原子単独では電子が存在しないはずの未占有原子軌道も考慮しなくてはならないということです。ところが、これまでの量子化学では、分子軌道と言う概念に捕らわれ、錯体の構造を占有軌道で説明しようと、混成軌道という口実を考えました。ところが、s,p,dの各軌道のエネルギー準位が近いという前提にたつと、なぜ、各遷移金属で錯体の形状が異なるのか、なぜ錯体の錯体結合(リーガンド結合)距離は長いのかという疑問が生まれます。さらに深刻な問題は多数想定される混成軌道のうち、錯体に当てはめる軌道を選択する有効な基準がみつからないことです。フントの法則ですら簡単明瞭に解釈できない量子化学が、混成軌道の選択基準を決められるはずがないというのが小生の考えです。ようするに、混成軌道の生成機構がわからない現状では、有効な手は打てないはずです。

    3)

    ところが、なんらかの方法で原子核の静電負担の軽減をはかっても、LUMOのエネルギー準位が真空準位より低くならない物質も存在します。このような物質中の電子を熱または光で励起した場合、電子は自発的に物質外に飛び出すかというと、必ずしもそうはなりません。上記図で示されるエネルギー準位図は原子のもつ電子間の電磁相互作用から作られたものです。電子の存在している軌道のみを扱っております。つまり、占有原子軌道をベースに述べたにすぎません。原子には未占有原子軌道というものが存在し、この軌道上の電子は原子で束縛されます。この例として、アルカリ金属を例にとり金属結合の項でのべました。金属結合は電子移動により生まれます。

    ところが、ここで問題が生じます。イオン結合および金属結合から構成される物質では、共有結合のような占有原子軌道同士の重なりが想定できないから、原子軌道を分子軌道から見るための準位の統一ができません。そこで、金属結合およびイオン結合の項で説明したことに従い、未占有原子軌道のエネルギー準位を物質の化学ポテンシャルに見立て、このエネルギー準位を基に構成原子軌道を見る方法が考えられます。この定義に基づいた軌道を非局所結晶軌道といいます。非局所結晶軌道で注意することは、対象軌道が占有原子軌道ばかりでなく未占有原子軌道および未占有分子軌道も考慮する必要があるということです

    分子軌道は電磁相互作用をもとに作られる軌道に対し、非局所結晶軌道は電子移動をベースに構築される軌道です。一般に分子軌道の最高被占有軌道のエネルギー準位は非局所被占有結晶軌道の最高エネルギー準位より低いといえます。
      余談:自由電子論では、結晶形の最小単位をもとに非局所被占有結晶軌道が定義されております。伝導電子の最高エネルギー準位は伝導電子が対になって蓄積される最高の準位を意味します。しかし、ここではこの定義を採用しません。その理由は前にのべた通りです。

    以下に分子軌道と非局所結晶軌道の主な特徴を示します。
分子軌道 OAO 対象軌道
原子 対象場
イオン化ポテンシャル 実験との比較準位
電子対 関与電子
離散的 エネルギー状態
非局所結晶軌道 OAO,UAO,OMO,UMO 対象軌道
3次元構造(結晶) 対象場
化学ポテンシャル 実験との比較準位
電子 関与電子
連続的 エネルギー状態
占有原子軌道(OAO)未占有原子移動(UAO)占有分子軌道(OMO)未占有分子軌道(UMO)
    イオン結合で述べたように、非局所軌道は3次元構造で表現されます。非局所結晶軌道のエネルギー準位は離散的な準位としてより連続的なエネルギー準位帯として表されます。対象となる二つの軌道は、直接遷移(二つの同じ種類の軌道間の電子移動)で示される軌道とは限りません。先の項でのべたように、伝導電子は、結合先を次々変えていく電子です。この種の電子移動は、ユックリと周りを気にしながら行われます(それでも私たちの目からは充分すぎるほど高速です)。この電子移動に伴うエネルギーは、原子の電子状態によって変化します。ということは、エネルギー準位を離散的準位とみるより、ある幅をもったエネルギー帯としてみたほうが自然です。多くの固体物質は熱を加えると電気伝導性をもちます。この現象は、固体物質の多くは非局所結晶軌道の観点からも見る必要性があることを示唆しております。固体物質のエネルギー準位スペクトルをみると準位ピークはある幅をもった形で観測されております。この幅は、自由電子論からは縮退の観点から見ていますが、電子移動の観点から見たほうが構成原子との関連で見れますので便利です。実験事実は上記考えが妥当性があることを暗示しております。現在利用可能な量子化学は電子移動に対する配慮がスッポリ抜けています。
      余談:自由電子論では、準位の縮退から連続したエネルギー帯が見られるといっております。確かに、自由電子で用いられている結晶軌道が作る電磁場は複雑そのものです。複雑な電磁場相互作用は準位に幅を持たせるでしょう。縮退といった場合、電子対による電子の凝縮が問題となります。しかし、電磁場の複雑性がアダとなり、簡単に電子対をとる縮退として凝縮できないでしょう?電子同士の反発を逃れるために簡単に各々の電子はそれぞれ別の結晶軌道に入れるからです。この例として遷移金属原子の電子配置があげられます。軌道の数が少ない原子ですら電子対はつくりづらいのです。まして自由電子論で定義する無数の結晶軌道ではむずかしいと考えても不思議ではありません。さらに、電子同士の反発を押さえるには、正電荷特性をもつ軌道が要求されます。しかし、それは、自由電子の観点からは、どこを探しても見つかりません。

      でも、なぜ、自由電子論では電子移動が考慮されないのでしょう。小生にはその理由が全く理解できません。
    4)

    硼素の4価分子B2H6は、現在の量子化学では取り扱いがむずかしいものの一つです。この生成原因として分極効果などで取り扱うとしました。B2H6などの分子は硼素の分極効果でできるとしたわけです。分極効果は硼素原子にかぎらず、いろいろな分子も持ちます。ところが、多くの分極性分子は、硼素で示されるような価数の異なる化合物をつくりません(硼素は原子価電子から3価原子と解釈できます)。なぜ?その理由は、現在の量子化学では、共有結合をつくる所を電子のいる軌道にあると考えているから、その理由が説明できません。正電荷特性をもつ未占有軌道を想定すれば、上記問題は、極めて容易に解決されます。
以上、現在の分子軌道の抱える問題点をいくつか上げました。これらの問題から、汎用性の高い分子軌道とはどのようなものかおおよそお分かりいただけたでしょう。その定義は、多分化学結合を今迄以上に理解の容易なものにするでしょう。また、固体物質のもつ性質がいままで以上にかなり明瞭に理解することができます。(次から若干数式を用います)
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