図1(a)の例として炭素同士の結合を考えます。
原子価電子の配置は2s22p2p
です。したがって、残りのp軌道のところに正電荷に相当する部分があります。
1つの炭素原子に他の炭素原子を近づけると、軌道の重なり部分が生じるので電子移動が生じます。炭素では、正電荷に相当する部分に、すなわちp軌道に、電子移動が生じます。電子移動先軌道は一個の電子しか入りませんが、正電荷という特性は、ここに2個の電子を呼び込むことができます。位相の観点から下図に示すように、s軌道電子と他方の原子のp軌道電子が入りやすいといえます。すなわち、
sp混成軌道ができます。
図2 原子原子間電磁相互作用
実は、この混成軌道こそ、これまでよく言われている共有結合の本質を見事に表現しているのです。
電子対という強固な結合をつくるには一方の原子軌道が他方の原子軌道領域に入らなくてはなりません。これを可能とするのが正電荷特性をもつ未占有軌道であり、そこに静電的作用を通して電磁相互作用のとれる二つの占有軌道が入ることができるのです。未占有軌道にはスピン量子数の異なるニ種類の軌道が入れます。
図2では、s電子およびp電子が電子対となるような形式で最も安定であることはいうまでもありません(スピン量子数0)。
これまで説明されている共有結合の発生機構からは、原子価電子がこれに参加するということしか分かっておりません。共有結合をどこでどのように作るのかについてはついては不明です。したがって、世の中では、sp混成軌道は、s軌道とp軌道のエネルギー準位が互いに近いので作られるという話になっています。しかし後でのべる分子軌道ではsとp軌道のエネルギー準位差より小さい軌道はいくらでも作れます。なぜこれら原子軌道同士の混成軌道のみが混成軌道として問題になるのでしょう?また、共有結合で見られる高い電子対作成能力は炭素原子単独で見られないのは何故でしょう?上でのべたように、これら二つの問題は電子移動を考慮することで解決されます。
平面を考えると、図2の混成軌道は、図3(sa-pb,sb-paまたは、sa-pb,sa-pb)に示されます。
どちらかの一つの相互作用を基準にとった結合構成を図3の下図に示します。下図から言えることは、この種の結合はNN反発で示される傾向をもっています。つまり離れやすい電子をもっています。離れやすい電子を私達はπ電子と称しており、
前図のような構成に関与する電子(σ電子という、σ結合スピン量子数0)と区別されます。
難しくいうと、π電子は非局所軌道電子となり易いということになります。π結合(スピン量子数±1)はs軌道だけではつくられません。
図3
二つの電磁相互結合
d原子軌道を含む電磁気相互作用はsp混成をつくる電磁気相互作用と異なります。
sp混成では最外殻軌道である未占有p軌道がその対象となりました。
しかし、d原子軌道を含む電磁気相互作用は、最外殻軌道より外側の軌道ばかりでなく内側にある未占有d原子軌道も電子移動プロセスの対象となります。
遷移金属を例にとると、これらの原子はs軌道およびd軌道に原子価電子を持ちます。先にのべたことから、ここでの電子移動対象となる最外殻軌道の外側にある未占有軌道で、p軌道となります。しかし、電子の入る未占有p軌道は、d電子をもつ遷移金属原子の占有d原子軌道によって影響されます。なぜなら、d軌道により作られる電磁空間は未占有d軌道を正電荷特性をもった軌道とするからです。したがって、移動対象未占有軌道は、未占有dp原子軌道となります。未占有軌道をpとみるかdとみるかは未占有d軌道の正電荷特性により決まります。
原子の電子配置の項で、d軌道電子は二つの方法で安定化するとのべました。一つは電子対生成に伴う安定性であり、もう一つは最外殻原子軌道(s軌道)より内側のd軌道の電磁空間で作られる安定性です。この後者の安定性は、最外殻のs軌道の安定性にも寄与するはずですから、上でのべたp軌道を利用した安定性より強調されると解釈できるでしょう。
電子対の安定性のみを解消するには電子対の破壊で充分ですが、このd軌道を介して作られた電磁相互作用を解消するには、相手電子との間で作られる電子対の破壊およびd軌道空間から作られる内部電磁空間破壊が必要であります。spd電子移動を通じて作られる軌道間の電磁相互作用引力は、一度できると容易に解消されないと解釈できます。
このd軌道電磁空間に基づく取り込み電子の安定性は原子内で作られます。これは、π電子で見られる未占有d軌道同士の相互作用は小さくできることを意味します。このことは、図3で示した軌道とは異なるスピン量子数±2の結合(δ結合)タイプの電磁相互作用を産みます(図1(b))。δ結合の安定性は遷移金属では強調されるでしょう(磁気的性質の項でのべます)。
上記は、d軌道が結合に関与する場合、融点の高い物質が作られることを意味します。タングステン金属を例にとると、タングステン原子は未占有d軌道へ電子を取り込み易い電子配置をしております(原子の電子配置参照)。タングステンの電子配置は、タングステン金属が非常に高い融点をもつことおよび硬度が高いことを示唆しております。
銅では未占有d軌道を持ちません。 これは、銅原子同士の結合は弱くなることを、銅金属は融点が低いことおよび硬度は低いことを示唆しております(この種の結合は金属結合でのべます)。
上記推定は実験事実と合致しています。
これまでの物性研究の多くは原子価電子から生じる伝導電子また電子対結合電子を主体に行われてきております。これでは、σ、π、δ電子がなぜ生じるか、物理的意味を理解することは難解です。また、遷移金属を含む物質の性質の発生機構を理解するのが大変むずかしくなるでしょう。
d軌道の特性を無視して電子対だけで物性発生機構を議論したなら、むしろわからなくて当然であるというのが、小生の結論です。
これまでの説明からでも、幾分なりともその理由がお分かりいただけたら幸いです。
次に、これらニ種類の相互作用をもとに化学結合をのべます。