電子は高いエネルギー準位のところから低い準位のところにながれます。逆に、低い準位にいる電子をより高い準位に上げるには高い山をこえるだけのエネルギーが必要です。高い山を超えるだけのエネルギーを電子に与えるには二つの方法があります。一つは山を超えるに充分なエネルギーを熱または光などで直接電子に与えてやることです。もう一つは、電子がマイナス電荷をもつという特性を利用して、電界をかけてやる(プラス電極をもってくる)ことです。電子のいる場所は原子軌道、分子軌道および結晶軌道で表現されます。これら軌道をもとに電子移動を以下でのべます。
電子移動とエネルギー準位
金属内の電子の流れはエネルギー準位が同じ軌道間であるから可能というわけではありません。
これまで、エネルギー準位の同じ高さにある二つの軌道間で伝導電子は容易に抵抗なしで移動できると言われてきました。これは、上でのべた”電子は高いエネルギー準位から低い準位に流れる”とのべた事に反します。
原子軌道にいる電子は原子によって束縛されているといえます。
これに対し原子によって強く束縛されない伝導電子は、原子の規則的配列から求めれる非局所軌道にいるといわれています。
伝導電子の可動性を束縛が弱い非局所軌道に求めることは、一見合理的に見えます。
自由電子論の長所の一つは原子軌道をベースとしないで物性が論じられるという簡便さにあります。結晶場(原子配置の規則性)が与える伝導電子の定常的挙動をFourier解析という数学的方法で非局所軌道として解析します。その非局所軌道から結晶中の伝導電子特性を評価できます。これは伝導電子特性解析の簡便さをもたらしました。
しかし、自由電子論で、伝導電子の可動性を導き出すことは次の理由からむずかしいでしょう。
原子の場合、物理的に確認されている原子核というエネルギー基準(即ち静電ポテンシャル)をもとに電子運動の定常性(原子軌道)をのべました。しかし、結晶中で見られる原子の規則的配列から推定される電子運動の定常性は原子軌道でのべた定常性とは明らかに異なります。配列の規則性という数学的表現は、物理的実態とみることができないからです。観測される伝導電子の特性は、伝導電子の取り得る最高エネルギー値を物質のフェルミエネルギー値に対応させる等の操作を通して、求められます。
しかし、規則性という数学的操作だけからエネルギー基準の取りようがありません(原子の場合には原子核という物理的実在がありました、自由電子論ではこの物理的実態がありません)。これは極めて重大で、
エネルギー基準の観点から伝導電子が原子から自由であるとは、この非局所軌道の解析のみからはいえません(アースから浮いた状態での電圧測定はアースからの電圧を意味しません)。つまり、どのようにして非局所性(可動性)が伝導電子にあたえられるかについては規則性という数学的手続きだけでは不可能です。
伝導電子の可動性は、伝導電子が原子に束縛されない非局所軌道にいるからであるという論理が世の中では用いられております。こまったものです。この論理を実際の物理現象に適用すると以下に述べる不都合が生じます。
自由電子論の立場にたつと、伝導電子の非局所軌道の間での移動には抵抗がないことになります。これまで電流によって生じるJoule熱発生の原子オーダーでの説明は電子格子散乱効果によるとされております。つまり、自由電子論は、電子の移動を阻害するなんらかの抵抗を結晶格子に求めざるをえません。
ところが、結晶格子の決定にも伝導電子が関与することは実験的事実として知られています。
伝導電子を格子決定に関与する電子と区別することができないことは先にのべました。
ということは、伝導電子は自由電子ではなく、互いに移動を阻害することを意味します。
このような矛盾は、自由電子論から求められる非局所軌道間では電子移動が生じてはいないことを暗示してます。
一方、結晶構造の不完全性が格子散乱を引き起こすともいわれております。しかし、非化学量論的な組成をもつ超伝導炭化物は完全結晶とはいえないのに、なぜ超伝導現象がこれら結晶で見られるのでしょうか?(超伝導現象の詳細については電気伝導でのべます)。
余談:
固体の物理的性質を説明するために、固体結晶に対する非局所軌道計算結果と実験値の対応関係を明確にしなければなりません。現在色々な方法が試みられていますが、自由電子論を汎用性あるものとするには、いかに非局所性が伝導電子にもたらされたのかを原子軌道との関連で明らかにすることが一番手っ取り早いでしょう。
原子軌道のところで、電子スピンは、原子軌道により作り出されるとのべたが、結晶でも、原子で見られる電子スピン配置は見事に生きています。ということは、非局所性は原子軌道の影響をうけるといってよいからです。
伝導電子の可動性(軌道の非局所性)とはどのようにしてもたらされるのか。
その答えの一つは私達の身近な物理現象にあります。Ohmの法則によれば電圧は電流と抵抗の積として表現され、抵抗を通しての電圧と電流の積はJoule熱です。
これを
金属内の電子移動は異なるエネルギー準位をもつ軌道に電子が移動できるから可能である。
の観点から説明するとつぎのようになります。
上でのべた電子の可動性を原子価電子をもつ占有原子軌道のみからつくることはできません。原子の電子配置のところで、原子価電子は原子の内殻遮蔽効果を受けるといいました。このような原子価電子をもつ原子にさらに外部から電子を抵抗なしで送り込めるでしょうか?また、原子に束縛された状態にある電子を外部に取り出すとき抵抗なしでできるでしょうか?普通、このような条件下で電子移動が可能となるにはエネルギー閾値以上のエネルギーを必要としますと考えるのが合理的ですが、金属では電子移動のエネルギー閾値は観測されておりません。つまり、占有軌道から作られる非局所軌道間で電子移動は生じてはいないということになります。
電子移動が可能である条件は、二つあります。第一の条件は、原子単位で電子を出す側と受け取る側の確保であり、もう一つの条件は、受け取り側で入った電子が処理できることです。
原子は、電子をもつ原子軌道(占有軌道と呼ぶ)と原子価電子をもたない原子軌道(以降未占有軌道と呼ぶ)の二種類の原子軌道を持っています。
未占有軌道は最外殻原子軌道と同じかそれより外側の軌道を意味します。エネルギー的に見ると、占有軌道は未占有軌道より低い準位にあります。
しかし、電気的にみますと、占有軌道はマイナス、その外側の未占有軌道はプラス(電子を受け入れるという意味で正電荷をもつ)といえます。金属原子の占有原子軌道上の電子は未占有軌道に放出されやすい。
電子は電流としてマイナスからプラスへ流れます。
ただし、これら二つの極が電気的に接続された状態の場合という条件がつきます。
接続された状態を原子単位でのミクロなレベルでみると、一つの原子の占有原子軌道と他の原子の未占有原子軌道がクロスした状態で、電子移動が実現できるといえます。
金属中の電子はこのプロセスを通して移動できます。
電子移動を図2に示します。電子は占有軌道から未占有軌道(1,3,4)に流れます。電子は、未占有軌道にとどまれず安定な状態になろうとします(詳しくは金属結合を見てください)。安定化の方法は、二つあります。一つは、未占有軌道が占有軌道と電磁相互作用をおこして安定になること(2')(ハロゲン原子が電子を取り込むに相当します)。もう一つは、未占有軌道から方位量子数の異なる占有軌道への電子転移(2)(たとえばpからs軌道へ)があげられます。後者の電子移動は、内殻からの電磁遮蔽効果のつよい金属原子では想定され、電子を取り込んだ原子は、当然のことながら、占有軌道からの電子の放出を容易とします。電流としての電子移動は、電子を出す場所と受け取り場所が刻々変化します。このプロセスを通じて電子は移動できると言えます。つまり、移動電子の非局所性は占有軌道から未占有軌道への電子移動によってもたらされると解釈できます。
図2 ミクロな電子移動
上でのべた電子転移は、原子軌道の影響を直接受けます。占有軌道への転移は避けて通れないプロセスであり、移動で取り込んだ電子の転移先は、すでに電子によって占有されているスピンも同じ軌道には入らないと考えるのが妥当でしょう(Pauliの排他原理)。これは伝導電子の統計分布を問題にする場合、その分布はフェルミ分布をとることを示唆しています。これは伝導電子の良く知られた特性と一致しております。
上でのべた電子移動機構は、電流に伴う発熱作用があることを示唆しています。なぜなら、未占有軌道から占有軌道への電子転移は熱の発生を伴うからです。この機構は実験事実と一致しています。
上でのべた占有軌道から未占有軌道への電子移動現象は、
電気陰性度表でも確かめられます。アルカリ土類原子の電気陰性度はアルカリ金属原子のそれよりは高い。
電子対生成能力を考えると、アルカリ金属原子の方が高くてよさそうです。なぜなら、入る電子は、アルカリ金属ではs軌道で電子対を作ることができますが、アルカリ土類金属では受け取る電子はp軌道に入ることが想定できるからです。(s軌道のエネルギー準位はp軌道のそれより低い)。しかし、現実は逆です。
この逆転現象は電子移動を考えると納得できます。 アルカリ金属原子は方位量子数の異なるp軌道に電子が入るからです。原子の電子配置で示した有効核電荷を比べた場合、アルカリ金属原子のp軌道エネルギー準位がアルカリ土類のそれより高くなることは容易に推定できます。また、電子移動現象は、なぜ原子の金属結合半径が大きくなるかについても合理的な説明を与えます。これについては金属結合の項でのべます。
これまで電気陰性度および電子親和力と称するものが定義できなくて困っていました。
これは、電子対機構では説明できないからです。 電子移動を想定すれば合理的に解釈できます。
原子オーダーでの電子移動を如何に解釈するかについて、クドクドとのべてきました。
じつは、この電子移動の新しい考え方こそ固体物性を固体構成原子からのべる際のキーとなるものだからです。
固体物性の説明は格段に容易となります。各固体物性については各論でのべます。
ここでは、化学結合についてのべます。電子移動は原子原子間結合に寄与します。
電子を受け取る軌道および受け取り電子の電磁相互作用による安定化の差が、金属結合、共有結合、イオン結合および錯体結合などの差を生み出すと解釈すると、化学結合は以下の表に示すように、物理的な対応がとれ、わかり易くなります。
| 金属結合 |
リチウムおよびベリリウムなどの金属原子は原子価電子としてs軌道電子をもちます。電子の受け取る軌道は、先にのべた説明によればp軌道であり、これら軌道上の電子を安定化させるのは未占有軌道から占有軌道への電子転移以外にありません。遷移金属原子同士の結合については次の電磁相互作用でのべます。
共鳴電子移動結合 |
| 共有結合 |
炭素などは電子を受け取る正電荷特性の強い未占有p軌道を持ちます。このときこの未占有p軌道に入る電子は、原子外部からのp軌道に入る電子とs電子です。これら二つの軌道の間で電磁気的相互作用が取り易い(原子価電子をもつp軌道とは位相があっていない)。これが結合力の強い大きな軌道間の重なりを作ります。これが混成軌道を作ります。
電磁相互作用結合 |
| イオン結合 |
酸素およびフッ素はp軌道を持ちます。また、この原子の未占有軌道はp軌道です。ただし、酸素およびフッ素に入る電子は、占有p軌道と電磁気的相互作用をしますので、これら酸素および弗素のs軌道は相互作用しません。
原子内電磁相互作用をもつ共鳴電子移動結合 |