1.3.2.2未占有d,f軌道を介しての共有結合
遷移金属原子および希土類原子の電子配置はs電子およびd,f電子をもつことに特徴があります。しかし、これら中性原子は主量子数が最外殻s軌道と同じであるp軌道電子をもちません。中性チタン原子は4s23d2の電子配置をとりますが,4p電子は持ちません。
これまで遷移金属および希土類金属のもつ共有化学結合性は,つぎのように説明されています。
s,d,f,p原子軌道のエネルギー準位の間が接近しているので,これら軌道から混成軌道が作られ、d,f軌道を含む混成軌道が異なる原子の間で互いに重なり合い、錯体などの複雑な共有結合性物質をつくる。
この説明は、混成軌道がどのような機構にしたがってつくられるのかについてまったく言及していません。
1.3.2.1のところで、未占有軌道を介して他原子占有軌道同士の電磁相互作用は生じると述べました。この考えを適用してのべます。しかし、単純な適用は、これら金属原子内ではs軌道が未占有d軌道を介して他の原子の占有軌道と重なることができることを意味します。ここで対象となる占有d、f軌道は最外殻s原子軌道に対して内殻側にあります。この内殻側にある軌道が外側の軌道よりも他の原子の原子軌道との重なりが重要視されるとは大変奇妙な話です。1.3.2でのべた考えをそのまま適用するには無理があります。
遷移金属および希土類金属原子と関連する共有結合は以下のように説明されます。
一般にdならびf原子軌道は、s軌道と異なりp軌道と同じように方向性をもちます。この方向性は内殻側の電子分布に歪みをもたらすでしょう。
この歪みは内殻s軌道より外側に存在するp軌道にも影響を与えるはずです。
中性原子ではp電子が存在しないにもかかわらず、dおよびf電子の存在はこれら未占有p軌道にも正電荷特性をもたらすであろうということは容易に推定できるでしょう。この種類の未占有軌道を介して遷移金属および希土類金属が共有結合をもつのです。したがって、spdまたspf混成軌道ができます。
この正電荷が期待される未占有p軌道を介しての電磁相互作用による結合は,アルカリおよびアルカリ土類金属には見られず、これら金属に多く見られます。アルカリおよびアルカリ土類金属では、未占有軌道に2つの占有軌道が重なることはできないことは先にのべました。しかし、ここで述べる金属では未占有p軌道に正電荷特性が期待できるので、未占有軌道に2つの占有軌道が重なることはできると推定しても共有結合定義に矛盾が生じません。s、p、d原子軌道のエネルギー準位が近いから混成軌道ができるのではなく、電子の流れから必然的に混成軌道が生じるのです。
これら未占有軌道はあくまで疑似的なものであることは注意すべきでしょう。なぜなら、この未占有軌道に入る電子は原子核との静電引力相互作用が弱くなるので、この種類の軌道を介しての結合は、第2周期でみられた共有結合のような、強い結合は期待できないからです。
しかし、このような結合をもつ化合物はこれら金属原子を構成要素とする錯体でみられます。
このような中性遷移金属および希土類原子のもつ最外殻s軌道より外側の未占有軌道を介しての原子間の電磁相互作用による結合をこれ以降、錯体結合とよびます。遷移金属および希土類金属原子は活性なs電子をもちますが占有p軌道をもたないのでsp軌道から推定される最高の配位数までの錯体がこれら遷移金属および希土類金属原子では作られます。
多くの遷移金属は延伸性があります。代表的金属として、銅、銀、金などが上げられます。これら金属の延伸性は、これが金属が伝導電子をもつことから、伝導電子によってもたらされているとされてきました。伝導電子は延伸性に影響を与えることは確かであるといえますが、これは結果であって原因ではありません。
延伸性は結合状態によってもたらされるものであると錯体結合を例にのべます。
図1 錯体子の結合
錯体結合に関与する未占有spd軌道は、擬似的な軌道であるために、かならずしも遷移金属原子の占有軌道電子が入るとは限りません。lone
pairをもつ錯体子の原子では、錯体子のs電子(lone pair電子)はこの未占有p軌道に入ることができます。ところが、このspd軌道は窒素のところでのべた未占有sp軌道と同じ位置に合致するはずです。したがって、未占有軌道同士の共有が可能とされます。
換言すると、lone pairは、未占有spd軌道によって安定化されます。
錯体子のs電子は対を成しており、この安定性から対となったsp2錯体結合ができます。電磁相互作用に基づくこの種類の結合はlone
pairが必須といってよいでしょう(普通この結合を錯体結合といっております)。sp2は残りの未占有p軌道にも影響します(配位数が大きくなります)。ここで注意すべきことは、錯体結合が錯体子によっておもに影響されているということです。つまり金属原子との結合が緩いということです。
金属同士の結合は錯体でのべた電磁相互作用が期待できない分だけ弱い結合であると解釈できます(金属結合でのべる)。この緩い結合タイプが遷移金属および希土類金属の延伸性をもたらすと解釈できます。
では、タングステンなど硬い高融点金属はどのようにできるかは、以下に説明します。
d電子数と金属融点をみると、下図のように示されます。
図2 遷移原子と遷移金属融点との関係

1d電子同士の電子対をもつ原子は、未占有d軌道の電子を受け取る能力が小さい。
2d電子同士が電子対をつくらない原子は、電子を受け取る能力がある。
の観点から上図をみると、d電子数と金属融点の関係は納得しやすい。つまり、タングステン原子は未占有d軌道の正電荷特性はかなり強いので、未占有p軌道はこの未占有d軌道からかなりの影響を受けるはずであると、といえます。このことは、前のセクションでのべた共有結合生成機構によれば、金属原子自身のもつd軌道が結合に関与することを意味します(s-pからd-pへの置換が生じる)。この種の結合は必然的に融点が高くなるという理屈がえられます(d軌道はs軌道の内側にある)。d軌道は方向性をもつので,d軌道が関与する結晶はrigidになるといえます。
実際に上の推定をもとにこのような高融点をもつ物質を作るには、金属のs電子を吸収できる未占有p軌道をもつ原子(たとえば、硼素、炭素など)を遷移金属または希土類金属原子とつなげればよいということが推定できます。前のセクションで、共有結合は原子の電子配置の置換をおこすとのべました。この機構を適用すると、金属のs電子はd軌道にはいるはずです。硼化物、炭化物、窒化物、および酸化物は高融点物質を作りやすいといえ、ここでのべた推定は実験事実と合致しております。
遷移金属および希土類金属の共有結合は未占有p軌道を想定すると理解しやすくなります(波動方程式を用いた証明は最後の付録でのべるつもりでおります。でも、本質は上でのべた通りです)。個別の金属結晶および合金については別途のべます。また、この機構は遷移金属の電気伝導度および超伝導などの物性解釈を極めて容易としますが、これについても別途のべます。
余談: 金属の延伸性は伝導電子の糊効果によるといわれております。
いい加減といっては失礼になりますが、小生としてもこの説明には少々うんざりしております。これでは、はじめて金属物性に興味をもたれた人達が、なぜタングステン金属は堅く金は柔らかいのかまったくもって検討もつきません。ここで、伝導電子は、構成原子に依存しないにもかかわらず、結晶構造要素と関連を持たせられます。新規機能材料を志す者にとって、物作りに応用できるわかりやすい説明がほしいのです。あとは優秀な人たちが物をつくってくれます。